Last Updated on 2019年6月2日 by tsushima
3.11
って皆さんにとってどんな日ですか?
もう8年も経ってて、すぐに何の日だったか思い出せない人もいるかもしれません。まぁ別にそれは悪いことじゃないですし、今を生きるってことは、それはそれで大事です。
でも人によって思いの丈っていろいろありますよね。
8年前の3月11日は、自分にとって、
一番想い入れが深く
たくさんの感情が交差し
一番悔しい想いをし
自分の無力さを痛感した日
でした。
あの日のあの経験がなかったら、今こうなってないって言えます。
直接被災したワケではないですが、東北は仙台で育って家族が住んでる自分には、故郷の悲報が次々流れてくる中で、仕事をしなければならず、すぐに帰って支援ができない状況がホントにしんどかったです。
当時のことを思い出すと、今でも悔し涙が出るくらい。
いろんなところで書いたのでもういいかなって思うんですけど。
ただ、それだけガツンときたってことは確かです。
もういいんじゃね、って言う人もいると思うんですけどね。
キレイさっぱり忘れることで前に進める人もいるし、ふつふつと想いを抱いてそれを力に換えて前に進める人もいます。
自分は後者なので、今の自分を形作ってるからこそ忘れちゃダメだって思うし、忘れられるくらいに成長したいって思ってます。
で、その想いを誰かに強要するつもりはないし、何の日か忘れてもいいし、今を生きるのも大事だし、自分には関係ないって割り切っても全然いいと思います。
ただ、何が起こるか分からない世の中で、これだけはちゃんと心に留めておいてほしいなってことがあって、それが、
「誰かは誰かの大切な人」
って言葉です。
超当たり前のことなんですけど、超忘れがちなことで。
人身事故があってイラついちゃうのも分からないでもないけど、イラついてる一方で絶望してる人だっているワケで。
夜中にワイワイお酒飲んで楽しい時間を過ごしてる一方で、一瞬で家族を失ったまま茫然としてる人が、8年前の今日はいたワケで。
最近、「相手の立場に立てる人」ってなかなか貴重になってきた気がします。
それは、人のキャパ以上にいろんなことを課す社会のせいなのかもしれないですけど。
他人と比べず自分のことに集中して取り組んだ方が成長は望めるし成功にも近づきやすいとも思いますけど。
それでも、自分を俯瞰できる視点を持ったり、相手の目線に立てる共感能力を養って身につけた方が、より“人らしい”って自分は考えてます。
震災のことどうこうってことじゃなく、何かが起こった時他人事にして避けずに、一瞬でもいいから自分事のように考えられる人が増えたらいいなって、改めて思った2019年の3.11でした。
去年は仙台に帰って現地の経済を回してきたんですが、今年はYahoo!の検索による募金と、スターバックスのギフトカードでの寄付を、とりあえずさせてもらいました。何か身近でできることを探して、自分の手でやってみるって、良いと思いますよ。